貫之の心・私の元永本古今和歌集

一味違った古今集の解読を試みたものです。
抒情詩として読まれてきましたが、「掛詞」をキーワードに解読してみると、政治的敗者の叙事詩が現れてきました。その一部、かな序だけでも鑑賞していただけたらと思います。

(16)歌聖・人丸の歌「東野炎…」

本文p.45に、二つ人丸の歌が掲げられている。共に、表面上は優れた自然詠、その真意は政治歌である。
そこで、有名な彼のあの歌に、どのような政治歌が見いだせるのか、探ってみた。


その歌とは、万葉集巻1 (48)
「軽皇子が安騎野に宿られた時に作った歌 柿本人麻呂」という詞書があって幾つかの歌が列挙している中にある。
  東野炎立所見而 反見為者月西渡


  賀茂真淵による訓み下し。
  「ひんがしの 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ」


  優れた自然詠として読まれるこの訓読みが、定説であるが、この中に、政治歌が隠され
  ていると推測して、改めて、その訓読みを考えてみた。


  「東野に 頬の炎(ほのほ)の 立つ見ゆも  反(はん)つくらるれば  月西渡
  る」
        
この歌が詠まれたのは、692年、川島皇子(天智天皇の次男)が没した次の年。


前半の部分は、普通に読み下せば、
  「東野に/炎の/立つ 見えて」となり、字数が5-4-5で、二句が三字足りない。そこで、真
  淵は、一句の水増しをして、「東野の」を二句に渡らせて「ひんがしの野にかぎろひ
  の」とした。
            
東野=東野(吉野)に。
  安騎野(吉野川南岸、現在の下市町、初瀬川の上流の宇陀郡ではない)からみて、東
  の野は、吉野にあたる。
炎立=ほほ(頬)に炎(ほのほ)の立つ。
  「火火」と分解して(「ほほ・頬」の意)二重読み。この二重読みがあるので、普通に
  読んでしまえば字数が足りなくなる句が、定型になる。
  五行説によれば、火性-南をあらわす、近江大津京からみれば、吉野は、南。吉野の盟
  約の暗喩。
所見而=見ゆも。
  「所見」は「見ゆ」。「而」は逆接の意味もある多訓多義の語のひとつ。


後半は、五句の部分が容易に読める。「月西渡る」の定型で問題ない。
月=継ぎ(後継者のこと、大津皇子の暗喩)。人丸は当然、天武の後継者を大津と考
  えていたことがわかる。
西=冥途のことで、死を表す。


「反見為者」はどうか。
  反=はん、背くこと。
  見為者=「見」は、次の動詞について受身を表す(る、らる)。つくら(他四未然形)
  るれ(受身の助動詞已然形)ば。
  「為」は、漢文で、なす、なる、たり、おさむ、しわざ、ため、などと読まれる中の一
  つ「つくる」とみた。定型に収まるので。
 
「吉野で、炎のように熱い『吉野の盟約』の誓いをした(679年)のだが、川島皇子の密告によって、大津皇子は、自害に追い込まれた(686年)。後に草壁皇子が没した(689年)ことを考えれば、皇位継承の可能性もあったのに、惜しかったことよ、その川島皇子は去年亡くなったが。」


この歌が、詠まれた年が、持統6年(692年)、軽皇子9歳であったこと、吉野川南岸で詠んでいること、691年にかなりの加封を受けて川島皇子が没しているを考えて、大津皇子を思い起こし、偲んでいると読んだ。草壁親王を偲んでいるともとれるが、川島皇子の没後すぐなので、その因縁のある大津皇子を詠んだのではないか。
  
人丸は、大海人皇子に仕えて、壬申の乱を戦ったのであり、川島皇子の密告による大津皇子の追い落としは、彼にとって許しがたい造反であったろう。その川島皇子が没して、思い出すのは、大津皇子であり、草壁皇子ではない。もし大津皇子が生きていたら…と思いをめぐらしているのである。  
  
また、「反見為者月西渡」は、裏切った川島皇子が黄泉の国に渡ったとも読めないだろうか。川島皇子は、死の直前加封を受け、500戸となっていることから、天武派に密殺されたのかもしれない。
川島皇子の密告は、自分の息子を皇位に据えたい持統天皇の意に沿ったものであり、天武系の滅亡につながっていくことになる。


2018.9.9変更
「炎」の字形分解による「ほほ・頬」の解釈を上記のように追加:
二句「誓いの炎」としていたところを、漢字にそって解釈文を書き換えたい。
炎は火火と分解でき、二重読みにすることで字数の欠落を補い、より理解しやすい訓みができたと思う。(9)複数文字の脱字-2 秋萩帖の場合 で解説したが、字形分解して、もとにもどって読むこのやり方は、万葉の時代からの踏襲であるとみえる。
「ほほ・頬」は、辞書によれば、「頬は面=名は異なっても実質は同じ」という語句があり、この用法からいえば、「頬」は、「吉野の盟約」を交わした6人の天武天智の子らであり、皆が同じ心で結ばれたことを表現しているとみることができる。

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