(103)小豆は何故「あづき」?
大豆は、「だいず」で音読みですね。「ず」は、この場合、「豆・づ」ですが。
内藤健 著「アズキの起源」(東京書籍)という本に、興味深いことが書いてあった。ゲノム解析により、小豆が日本列島古来の、つまり、原産の作物だったことが判明した。アズキを「しょうず」とよばないのは、それが縄文の昔からの作物だったのであり、大和言葉の名称が今も使われているということになる。
縄文からの名前が大和言葉である可能性は少ないと思うが、その名前から、いつごろから使われていたかは、推定できる。
正しくは、「あづき」。
あつき=吾(あ、わたし)、足(あ、あし、銭)・調(つき、古代の税のひとつ、綿、
絹などの郷土の物産)。
つまり、「私の(銭の)税」として、小豆を呼んだのだとみた。本来の銭としては、米だが、それが払えないから、小豆で納付します、ということだ。正に、農民にとっては、赤い血税だったにちがいない。
どうだろう。本には、「あ」は「赤い」の意。「すき」は「煮崩れる」という通説が紹介されている。…?ものだと思うのだが。
税(租庸調)が整備されたのは、701年大宝律令。これ以前から、小豆は栽培されていただろうが、米が耕作できない冷涼な地域では、その代替税として、小豆が米の代わりの一つになったと考えられる。今でも小豆の産地は、北海道など暑くないところ。このころから、縄文からの呼び名は、「あづき」に変わった可能性があるとみる。もっと早い時期、天武朝のころかもしれない。
当時は、貴重なたんぱく源であったと思うが、肥料がなくても育ち、作物として選抜されて広く栽培されてきたことがうかがわれる。
こうした植物の歴史が、ゲノム解析で明らかになって、人の歴史を一気に明快にしてくれる。