貫之の心・私の元永本古今和歌集

一味違った古今集の解読を試みたものです。
抒情詩として読まれてきましたが、「掛詞」をキーワードに解読してみると、政治的敗者の叙事詩が現れてきました。新しい仮名序の解読方法は、本にまとめ出版しました。このブログの仮名序説明より広範囲の掛詞の解読をしています。アマゾンで購入可能です。

(83)清少納言、おまえもか!

永井 多佳子

「枕草子」を書いたのは、1001年という。古今集100年後も掛詞は、平仮名の世界で健在だから、もう一つの読み方があるのではないかと探ってみた。


先ず、時代背景が貫之たちから100年後なのだから、調べなくては私はわからない。
990年  道隆がトップに。彼の娘定子(14歳)が入内(一条天皇)。
995年  道隆、道兼失脚していない。道長の世となる。
996年  道隆の子伊周、隆家失脚。
999年  一条天皇の長男敦康を定子出産。


これだけの情報があれば、枕草子の有名な始まりの部分は、推測できる。


春はあけぼの やうやうしろくなりゆく 山きは すこしあかりて むらさきたちたる雲のほそく たなひきたる


これを意味がはっきりするように、漢字混じりの文にすると、
春は明け母の陽や後ろ来なり。行く先は。順越し上りて群ら先絶ちたる愚門の凡俗 たなびきたる。


「皇太子を生み、母定子の明るさよ。後継者敦康が生まれ来た。これからの未来よ。(伊周を越して道長は)トップになったが、いろいろ昔のことを断ち切った愚かな凡人伊周、隆家は(道長に)従っている…」


道長にしてみれば、甥を全く粛清することはできなかったのだ。伊周らもその意をくみ叔父道長に従ったということだろう。

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