貫之の心・私の元永本古今和歌集

一味違った古今集の解読を試みたものです。
抒情詩として読まれてきましたが、「掛詞」をキーワードに解読してみると、政治的敗者の叙事詩が現れてきました。新しい仮名序の解読方法は、本にまとめ出版しました。このブログの仮名序説明より広範囲の掛詞の解読をしています。アマゾンで購入可能です。

(89)紫式部の弟惟規の辞世の歌

永井 多佳子

1011年、まだ若い惟則が死んだ。毒殺を考えてみるが、何故消さなければならなかった政敵がわからない。この年、一条天皇が没し、道長は、孫敦成を立太子することに成功する。


昨日のNHK「光る君へ」の通りだ。まだ若い一条天皇が、ここで没している。ともに病名は何だったのか。時代考証の学者の、この時代は、平和であったという解説は、すでに毒殺の可能性すら消している。


清少納言は、枕草子の「夏は…」の一文で、皇太子を替えるのも天皇を殺すことも犯罪だとしている。このブログ(85)清少納言、おまえもか!(2)で、解説の通り。
一条天皇は毒殺されたとみられる。


さて、惟則は? 辞世とされる歌を解読してみるほかない。


*みやこにも こひしきひとの おほかれは なほこのたひは いかむとそおもふ


彼の意図したもう一つの意味を探ってみよう。
漢字混じり文にすると、
見や 子にも虎(こ、寅年生まれの道長)秘し貴人(きにん、一条)の 凡(おほ、凡夫、道長)狩れ(かれ、他四已然形・殺すことの暗喩)ば 汝(な、敦康)反故(ほご)の為(た、ため)妃(ひ、彰子)は いがむ(自四連体形・くってかかる)徒(と、無益)祚(そ、天皇)思ふ
意味は、
「見てごらんなさい。子(賢子)にも道長は、(彼女が自分の)子であることを隠した。(一条)天皇を凡夫道長が殺したので、おまえ(敦康)は無駄の存在になるため、妃(彰子)は、(父道長に)くってかかるが、無益。(一条)天皇を懐かしむ。」


五句「いかむとそおもふ」と8字となり、「そ」は不要であり、なければ定型に収まる。余字にしてまでも、いうべき内容があったのだ。


私のわかる範囲の歴史にあてはめてみた。惟則は、優秀な歌人であったが、自分の死について何も語っていない。病死だったのだろうか。

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