貫之の心・私の元永本古今和歌集

一味違った古今集の解読を試みたものです。
抒情詩として読まれてきましたが、「掛詞」をキーワードに解読してみると、政治的敗者の叙事詩が現れてきました。その一部、かな序だけでも鑑賞していただけたらと思います。

(60)新たな系図

元永本古今集を解読するに、だんだんとその系図が明らかにされてくる。これからも新しい知見により、更新される可能性はあるが、今の時点でまとめる。


桓武ー平城ー嵯峨(母は乙牟漏)ー仁明ー光孝ー宇多ー醍醐
     \淳和(母は旅子)ー文徳(母は順子)ー清和・・・陽成(業平と高子との子)


このデカダンの時代は、子を産まない女性(母、妻)は、権力者にとって「亡骸」であり、冬嗣は、息子良房の子、良世(母は大庭王の娘)を連判をとって、猶子としている(596)。


乙牟漏は、高志内親王を生んだ翌年790年に自殺している(仮名序p.45)。社会的地位と血筋の価値を同一化する考え方は、女性を生む性にのみ価値を置くことになり、生物学的に遺伝病のリスクを大きくし、デカダンを生んだ。


こうした血筋を重要視する政策は、生物学的に長続きするはずもなく、道長の如く、たわいもなく崩れ去ることになる。それに比べ、徳川家は、血筋は問われることなく、適性を重視したとみえる。

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