凡河内躬恒は、宇多の子(305)だが、冷たくも宇多は認知しなかった。 しかし、(1067)の詞書には、その宇多が内々に認知したことが、読み取れる。 (1067)法皇西河におはしましけるに 猿山かゐにさけふといふ題を 「法皇が西河にいらっしゃる時、猿が山峡に叫ぶという題を(与え、読ませなさった)。 ... 続きをみる
一味違った古今集の解読を試みたものです。
抒情詩として読まれてきましたが、「掛詞」をキーワードに解読してみると、政治的敗者の叙事詩が現れてきました。その一部、かな序だけでも鑑賞していただけたらと思います。
凡河内躬恒は、宇多の子(305)だが、冷たくも宇多は認知しなかった。 しかし、(1067)の詞書には、その宇多が内々に認知したことが、読み取れる。 (1067)法皇西河におはしましけるに 猿山かゐにさけふといふ題を 「法皇が西河にいらっしゃる時、猿が山峡に叫ぶという題を(与え、読ませなさった)。 ... 続きをみる