貫之の心・私の元永本古今和歌集

一味違った古今集の解読を試みたものです。
抒情詩として読まれてきましたが、「掛詞」をキーワードに解読してみると、政治的敗者の叙事詩が現れてきました。その一部、かな序だけでも鑑賞していただけたらと思います。

(54)万葉仮名は意味を引きずる-2

このブログ(12)で、万葉仮名が音だけのはずが、掛詞で、その意味をも表すことを説明した。
漢字からその意味をたどることは、容易であった。しかし、その反対からさかのぼって漢字にたどり着くことは、至難の業。(or 勝手な解釈?) その一例を挙げたい。


かな序p.49 (二玄社 元永本古今和歌集)
…いま このことをいふに
つかさくらゐ たかきをは
かやすきやうなれは いれ
す…


「今、このことを評論するにあたり、司(官位)位(帝位)が高い人は、軽率な様なので除く。」
さらっと読めば、何の抵抗もない文。掛詞で、整合する文を探ってみた。
友則は、光孝の子であることが、(48)に詠われている。文節の切れる場所を変えて、掛詞を探ってみた。


いまこのことをいふにつ=今(やがて)子(友則)の・五十(ごとを)異父(光孝)似(自上
     一連用形)つ(完了の助動詞終止形)。
かさくらゐたかきをはか=か(副詞・あのように)錯乱・位高き(友則の)伯母(文徳の女
     御明子、光孝の子である友則から見れば、明子は伯母)が(主格)。
やすきやうなれは=安き・や(反語の係助詞)憂なれば。
いれす=隠(いん、かく)れす。


「やがて、50歳の友則は光孝と似ていた。あのように、錯乱した高位の、友則の伯母明子は、心安らかなことであろうか。つらくて、おこもりになり、(900年に)亡くなった。」


「いれす」の「い」は万葉仮名の「隠」とすれば、「隠れす」。これを訓読みすれば、「かくれす」と読める。


隠れす=隠れ(自下二未然形・隠れる、亡くなる)す(尊敬の助動詞終止形)。


明子は、(66)で父良房の画策のため、立太子を奪われた清和の三人の兄に四品を与えたと友則の(養)父有友が詠っているから、清和即位には、引け目を感じていたとみえる。
明子は、900年72歳で没しているが、応天門の変(866年)のころから物の怪による精神異常があったとされるから、生涯この引け目を引きずり続けたとみえる。


(1091)で、友則は時康27歳の時の子と詠まれているから、857年生まれ、907年没だから、ちょうど亡くなった時のことになる。

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